福岡県福岡市(有)山田塗装
山田塗装は、福岡県福岡市を拠点に創業50余年、福岡の建築塗装会社です。

塗装の歴史

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アルタミラの洞窟

アルタミラ遺跡-壁画 人間は塗ることをいつごろから始めたのか。そのルーツは原始狩猟民の生活、気の遠くなるほどの昔にさかのぼります。

西南フランスと北スペインに、石器時代の洞窟壁画の遺跡が数十箇所分布していることが、前後し発見されました。 なかでも、アルタミラ(中石器時代、約1万年前)とフランスのラスコー(旧石器時代、約1万5000年前が)が特に有名です。

壁画の材料には主に鉱物(ヘマタイト・オーカー・マンガン鉱・白亜土)・木炭や焼いた骨をすりつぶした粉末を、獣脂や血液で練り合わせたもののようです。
これらを指あるいは毛や羽根の刷毛で、壁面に動物を描いています。

エジプト文明の塗料技術も古く、6000〜5000年前、新石器〜金石併用時代の墳墓やピラミッドの内部の壁画があります。

シューメール文明(メソポタミヤ)の石造建築面は全面彩色が施されています。

漆(うるし) わが国におけるの使用は意外に古く、縄文時代(B.C.500年頃)既に漆を使っていたことが明らかになっています。大陸からの漆文化移入前に、日本独自の文化が存在していたと考えるのが妥当のようです。

塗装工業のはじまり

中世では、東洋でも静養でも、塗料は主として絵画や宗教目的に使われていました。油絵の具の出現は14世紀ごろで、 ルネッサンス(14〜16世紀)には多彩な絵画が描かれた。

ワニス類が家屋や家具に使われるようになったのは16世紀以降で、16世紀の終り頃、セラックがインドからヨーロッパに輸入され、これが後にフランス式木工塗装を生むことになりました。

18世紀に入ると、様々な顔料が登場すると同時に、塗料の製造・応用技術も進歩し、現代塗料工業の原型に近いものになりました。

調合ペイントの出現は、19世紀半ばのことです。それまでは、ペイントの調合は塗装職人自身の仕事でした、塗料メーカーが顔料を油で練ってペーストにした固練りペイントを職人が現場であまに油で適度にうすめる調合をして使っていました。

ニトロセルロースラッカーは19世紀にも多少使われていましたが、本格的に製造されたのは、アメリカ自動車工業の近代化に伴う速乾性のスプレー塗装技術求められるようになる、20世紀に入ってからです。

我が国の塗装

我が国における近代と量の出現は、平戸貿易(1600年代)〜出島時代(1800年代)といわれています。洋式の塗装・製造の推進役になったのは海軍で、慶応2年(1866年)横須賀造船所建築に当たり塗師所が設けられました。これが我が国最初の塗装工場です。

明治初年には、顔料や塗装の研究が盛んになり、塗料の国産化が完成しました。明治14年10月、共同組合光明社(日本ペイント株式会社の前進)が誕生しました。これが我が国塗料会社の最初でした。

日本特許第一号(堀田瑞松、明治18年7月1日出願、同年8月14日特許)が錆止塗料および其の塗り法であった。